カテゴリー「ホノルル」の2件の記事

2009年2月11日 (水)

オアフ島案内②~ノースショア・ハレイワ

2004年から書いている(一応)ギター・フォークBlog『アコースティックギター生涯の1本』、そこで書いた「東京観光案内」カテゴリーの記事を地域別に整理しながら記事再掲していきます。そのうちに、東京関西の居酒屋・酒場のデータベースになればと思います。

ハーイ!!もう問答無用、酒場とは何の関係もありませんが、ホノルルマラソンネタ、第2弾ですhappy01

サーフィンは1回だけやった事があります、ワイキキでcoldsweats01めちゃ難しいですね、スピードが出ないので波には乗れませんでした(再掲注:レンタル屋の兄ちゃんにボード押してもらって立ちましたcoldsweats01)。

この記事を読んで同級生のサーファーFJ氏がコメントをくれたことを想い出しました。

【2006年12月19日の記事】

ホノルルマラソンの前日は、これまたバスでノースショアを目指しました。
The Bus は距離に関わらず$2-note時間さえ気にしなければ、これは値打ちがあります。

ちなみにホノルルも最近は交通渋滞がひどいようで、「アリゾナ記念館」からの帰りは、金曜日の夕方ということもあり、ワイキキまで2時間もかかりました。

ワイキキからノースショアには、バスで2時間近くかかります。
土曜日の朝、アラモワナSC前のバス停で待つこと15分、ノースショア行きのバスが来ました。だいたい、30分に1本運行されています。

バスに揺られること約2時間、
少々バスに飽きた頃に、無事サンセットビーチに到着、

この日のサンセットビーチではこんなサーフィンお大会が行われていました。

日本人も参加しています。本番は翌日の日曜日のようです。

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波は…ビーチが広く、距離があるので実感しにくいですが、よーく見ると5m~7mの波がバンバン来ています、やっぱりこりゃ凄いわsign01

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しばらく、波とサーファーを眺めて、またバスでハレイワの街へ戻ります。ハレイワは3回目、なんとなく来たくなる街です。
ハレイワでは、クア・アイナ本店で予定通りハンバーガーをいただきました

日本にもチェーン店があるハンバーガー屋さんですが、この前ハレイワへ来た時(24年前sweat02)は食べ損ねたので、今回昼ご飯はここと決めていました。

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さすがにボリュームのある美味しいハンバーガーですlovely。(再掲注:しかし、そこまでして食べたハンバーガーの写真を撮ってないsweat01グルメ報告意識ゼロsign03)

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青い海と空が広がる、のんびりとした田舎町です。

(記事再掲ここまで)

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2009年2月10日 (火)

オアフ島案内①~パールハーバー・アリゾナ記念館

2004年から書いている(一応)ギター・フォークBlog『アコースティックギター生涯の1本』、そこで書いた「東京観光案内」カテゴリーの記事を地域別に整理しながら記事再掲していきます。そのうちに、東京関西の居酒屋・酒場のデータベースになればと思います。

ハーイ!!もう問答無用、酒場とは何の関係もありませんが、ホノルルマラソンネタですhappy01

2006年12月にホノルルマラソンを走りました、12月10日かな?

なんとか完走しましたが、タイムは、、、6時間41分??いや、もう忘れてしまいましたcoldsweats01

今は腰痛に悩むこの身体、マラソンなど夢のまた夢、のような状態ですが、できればまた走りたいものです。

そして、この日の記事はちょっと重いです、でもここへ行って良かったです、ぜひ一度行くべき場所だと思うのですが、日本人はホント少ないです。

【2006年12月18日の記事】

12月7日は何の日?…と言って、ピンと来る日本人は少ないでしょう。

アメリカでは日米開戦記念日です。
日本時間の1941年(昭和16年)12月8日(月)、日本軍が真珠湾を奇襲攻撃しました、足掛け5年に及ぶ太平洋戦争が始まった日です。
時差の関係で、この奇襲攻撃が行われたのは、ハワイの現地時間では12月7日(日)の早朝でした。
ので、12月7日はアメリカでは対日本戦開戦記念日です。

私がマラソンのためにホノルルに着いたのがまさにこの日、開戦の日に、多くの日本人がホノルルに押しかえると言うのも妙な感じもします。

ホノルルに着いた日、The Bus に乗ろうと停留所でバス路線図などを見ていたら、日系のおばあさんから「どこへ行くの?」と話しかけられました。
「今日は開戦記念日なので、日本人にとってはいやなニュースや記事が流れているのよ」と言われました、それまで私も12月7日の認識はありませんでした。

とはいえ、もともと今回は、今まで行ったことがなかったパールハーバー:アリゾナ記念館に行ってみようと考えていました。

ワイキキからバスで約1時間で到着、「USS Arizona Memorial」(戦艦アリゾナ記念館)、年中無休、無料。

セキュリティ上、バッグなどが一切持ち込めません。(バッグ預かりサービスはあります、$3)
やはりこの日は退役された当時の軍人さんらしき数名が、来場者と写真を撮ったり、話をされたりされていました。

入場するとまず30分ほどの映画を観ます、アメリカの作った“パールハーバー”のドキュメンタリーです、

微妙な感覚です、(再掲注:アメリカ人の視点で作っているので、日本人としては素直に受け入れられない映像もありましたし、逆に日本人としていたたまれない映像もありました。)

真珠湾攻撃当日の映像は特に観ていて心が痛みます。

太平洋戦争の開戦から終戦まで、客観的に良くまとめられていますが、やはり、日本人としてはいたたまれない気分になりました。

映画を観終わると、軍の運用する舟で5分ほど海を渡って、アリゾナ記念館(USS Arizona Memorial)へ向かいます、戦艦アリゾナは今もここパールハーバーに沈んでいるのですが、その上に立てられた慰霊碑がアリゾナ記念館なので舟でしか行けません。

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戦艦アリゾナは800Kg徹鋼弾の直撃を受け、火薬庫が爆発、一瞬にして沈没しました、戦死者1177名、真珠湾攻撃全体での米国側戦死者2388名の約半数がここで亡くなられています。

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こういう感じで沈んだアリゾナの船体の上にアリゾナ記念館が1962年に作られています。今も1100柱以上の霊が船体と共に眠っています。
船体の一部が痛々しく、海面上に露出しています。

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厳粛な場所です、日本人が行くと(特に私は一人で行ったので)、
背筋が伸びる、身震いをするほどの過去の悲しい事実がそこにあります。
壁に刻まれた、戦死された1,100名以上の方々の名前を前に、息をのむしかありません。
写真も撮れませんでした。
二度とこの様なことが起こらないことを祈りました。

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事の是非を問うかどうか別として、ワイキキのあるオアフ島にあります、機会があれば、ぜひ一度行った方が良い場所だと思います。

(記事再掲ここまで)

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