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2012年4月 5日 (木)

野田のこなもんや「愛力」も満員敗退、で、「千船」駅前のたこ焼き屋「たによし」へ、

【2012年3月16日(金)】

大阪 千船 「たによし」

さて、野田の料理が旨い立ち飲み「まんだら」で飲んだ後です、

ここへ来たら次はもう決めていました、これまた前回に目星をつけていた気になるお店、こなもんや「愛力」へ行ってみましょう、

関西人は粉ものが好きですが“こなもんや”(粉もん屋)っていうのも珍しですね

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そして看板に書いてある“福島焼き”というのも気になります、

今回はぜひ“福島焼き”を食してみましょう、とガラス戸を引きます、と大将とお姉さん?ご夫婦かな?がこちら側で仕事をされています、奥にカウンターがあるようですが、、、スイマセン!今満員なんです!!、と如何にも申し訳なさそうに言っていただきます、そうか、金曜日の野田は案外混んでいますね、というかここも人気店なんでしょうか?外観からはそんな風には見えませんでしたが(し、失礼)、普通のたこ焼き屋さん的外観なもんで、、、

とにかく満員とのことなので引き下がりますが、訊いてみました、“福島焼き”ってどんなものなんですか?あ~、小さめのお好み焼きで中に玉ねぎと挽肉とかが入ってます(確かこんな説明でした)、ほ~、これはやはり食べてみないと分かりませんね、了解です、もう一度あらためてチャレンジしますね、また来ます!!、

ということで、この日はなんとか「まんだら」に入れたものの「上田温酒場」と「愛力」で連続満員敗退です

さてどうしましょうか、

阪神電車で福島や梅田に戻るのも気が向きません、神戸方面の電車に乗りましょう、野田は急行停車駅なので普通か急行が来ます、最初に来た方に乗りましょう、急行なら次の尼崎が良いかもしれません、普通電車なら久しぶりに千船へでも行きますか、、、と、来たのは普通電車でした、では普通電車に乗りましょう、流れ流れる酒場人生です

ということで2つ目の「千船」駅で降りました、

大阪市西淀川区、駅名は「千船」ですが駅がある場所の地名は“佃”です、そう、東京都中央区の佃のマザータウンですね、江戸幕府開闢の時に家康が親交のあったここ大阪佃の漁師を呼び寄せ東京湾の漁業権を与えたのが東京佃島の始まりです、東京単身赴任時は佃に住んでいたのが縁で、ここ大阪の佃も数回ぶらり探訪しましたがこのところご無沙汰でした、

そんな「千船」駅前に出て思い出しました、まだ入ったことがない立ち飲み&たこ焼き屋があります、こなもんや「愛力」に振られあとなのでここでリベンジしておきましょうか、

ということでいきなり入ったのは「たによし」、だったかな?

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カウンター1本の立ち飲みですね、

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たこ焼き屋でもありますがカウンターには惣菜肴が並んでいます、おでん鍋もありますね、10人も入れば満員のスペースに先客は3人、カウンターの真ん中に着きます、飲み物は?え~っと焼酎のお湯割り、芋でお願いします、270円也、

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大き目のグラスに入って出てきました、飲み応えあります、

そして、おでんにしましょう、そんな気分です、好物の「厚揚げ」と「玉子」にします、@130円也、

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たこ焼きがあればお土産に頼もうかと思いましたが、たこ焼き器には焼き上がりは載っていません、焼き上がり後の保管時間経過が長いたこ焼きは外がかりっとしていて案外好きなのですが、、、今からわざわざ7焼いてもらうのもなんなので断念、もう一品は「生姜入りの天ぷら」、串に刺さっています、(写真は思わず一口かじっています、失礼)

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あ~、やっぱりたこ焼き食べたいなあ、、、なんて思いながら、ここまでにしておきます、

お勘定は780円也、天ぷらは150円ですね、阪神電車「千船」駅前のたこ焼き「たによし」、また来ますね

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