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2012年1月20日 (金)

昔、流行りましたよね、“炉端焼き”の名残がそのままの店内で懐かしみました、大阪駅前第1ビル「本安兵衛」。

【2011年12月26日(月)】

大阪 駅前第1ビル 「本安兵衛」

さて、2011年最後の1週間です、この週は毎日食べて帰ってきてくれ、家にご飯はない!と言われています、と言われるとかえって飲みに行くのが億劫になる天邪鬼です

でも、、、とりあえず会社を出てどこへ行こうかと思案します、

このところ大阪で飲みに行くときはいつも迷っていますね、どうもよくない傾向です、風邪で体調が悪いせいもあるようです、「だったらまっすぐ帰ったら?」という、まっとうなワタシの方の心の声を聞きながら駅前ビルにスネークインです

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ちょいと迷いながらここにしました、まだ入ったことのない駅前第1ビルB2Fの「本安兵衛」、なんとなくピリッと来ない外観なもんで(スイマセン)まだ入ったことないんです、でも中を覗くとちょっと気になる感じです、、、これは入って確かめましょうか、、、

割と広い、のんびりと広い店内です、

壁際にテーブル席が点在、そして店の真ん中に柱があるのですがその両脇に奥に向かった低いカウンター席が拡がっています、、、一人なのでこのカウンターを奨められます、低目のカウンター、目の前ではカウンターよりやや高めの位置でお兄さんが焼き物を担当されているようです、その間には黒いタイルの微妙なスペースというかゾーンが存在します、、、う~ん、上手く書けませんね、、、こんな感じ、、、

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実は、ここはその昔の“炉端焼き”のレイアウトがそのまま残っているのです、今となっては珍しいですね、昔はこの黒いタイルの部分に“炉端焼き”のネタがずらりと並んでいたんでしょうね

いつ頃かな?“炉端焼き”が流行ったのは?ワタシが大学の後半から社会人になった頃、1970年台後半くらいでしょうか

ワタシは京都生まれ、いまほど生鮮流通が出来ていなかった子供の頃の京都では新鮮な魚が少なかったように思います、魚というと日持ちのする「ぐじ(甘鯛)」、「鱧」、川魚の「鰻」、「鮎」とかが多かったかな、あとは「じゃこ」とか川魚の佃煮とか、、、刺身も子供の頃は家では食べたことなかったです、母親が「刺身は料理屋で頼まないとダメ」みたいなことを当時は言っていましたね、

そんな家庭でしたので実は「さんま」は家で食べたことがなく、初めて「さんまの塩焼き」を食べたのがなんと炉端焼き屋だったのです、いやはや今考えると信じられないことですね、おそらく1970年代に飛躍的に生鮮流通が発達したんでしょうね、

そんな懐かしい感じのする“炉端焼き”の名残がそのまま残っている店内です、奥の焼き場も高い床でお兄さんは体を持て余し気味に座りながら焼き鳥などを焼いておられます、昔はここに正座したお兄さんなり御姐さんがいて、焼き物を長い竿の先が拡がった、、、なんていうんだろう?大きな“しゃもじ”に乗せてお客さんの前まで運んでいたのです、、、若い人には“炉端焼き”を知らない人もきっといるんでしょうね

さて、話が横道にそれたままこの記事が終わりそうなので一応注文を紹介、

まずはぬる燗と突出しは「高野豆腐と玉子」、

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そして、この日は風邪気味でしたのでこれがある店に入ったのです、「湯豆腐」です、

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ちゃんと鍋に豆腐、白菜、椎茸など、そしてポン酢でいただきます、豆腐をすくう、、、これもなんていうんだろう金網状の蓮華も付いています、ここらも懐かしい感じを残していますね

「湯豆腐」で結構お腹ふくれましたが、もう一品、「どて焼き」、

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これまたボリュームありますね、スジ肉にこんにゃく、想像以上に甘いです、これが大阪風かな、、、

ぬる燗はお替りしていますね、これでお勘定です、2000円を超えたかな、忘れました

もうあまり見かけることがなくなった“炉端焼き”システム、またいつか流行ったりするんでしょうかね?、料理はしっかりとしていましたので好感、大阪駅前第1ビルB2Fの「本安兵衛」、また来ますね

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コメント

本当に炉端焼きの店って見なくなりましたね。
いつ頃から少なくなってきたのかわかりませんが
気がつけば、なくなっていたって感じですよね。
懐かしいですね

投稿: でん爺 | 2012年1月21日 (土) 09時29分

でん爺さん…お久しぶりです、

なんでも気が付かないうちに変わって行くものですが、
“炉端焼き”、ホンマに亡くなりましたね、

いま、やったらまた当たるかも、、、

投稿: テリー | 2012年2月 5日 (日) 08時10分

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